大判例

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京都地方裁判所 昭和60年(わ)647号 判決

本籍

京都市北区衣笠北高橋町一一番地

住居

同市右京区龍安寺御陵ノ下町三番地の五

会社役員

山崎章

昭和一五年一〇月一二日生

本籍

京都市左京区北白川追分町三八番地の二

住居

京都府北桑田郡美山町大字長谷小字弓立七〇番地

社会保険労務士

山内健一

昭和四年三月九日生

右両名に対する各所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官福嶋成二出席の上審理し次のとおり判決する。

主文

被告人山崎章を懲役八月及び罰金一五〇〇万円、被告人山内健一を懲役八月及び罰金一〇〇〇万円に処する。

被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、それぞれ金二万五〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

被告人両名に対し、この裁判確定の日から各三年間それぞれその懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人山崎章は山崎賢二の二男、同山内健一は全日本同和会京都府・市連合会事務局長長谷部純夫の義兄であるが、被告人両名は右山崎賢二がその所有する京都府宇治市伊勢田町中遊田三番ほか七筆の畑を昭和五九年三月一五日二億七〇〇〇万円で売却譲渡したことに関して、被告人山崎章において右山崎賢二の代理人として同人の所得税確定申告をするにあたり、右譲渡にかかる所得税を免れさせようと企て、右連合会会長鈴木元動丸、右長谷部純夫及び同連合会事務次長渡守秀治らと共謀の上、右賢二の実際の昭和五九年分分離課税の長期譲渡所得金額は、二億五四五〇万円、総合課税の総所得(不動産所得、給与所得)金額は二二二万三五一〇円で、これに対する所得税額は七八〇八万六八〇〇円であるにもかかわらず、株式会社ワールドが有限会社同和産業(代表取締役鈴木元動丸)から三億円の借入れをし、その債務について右賢二が連帯保証人となり、右ワールドが破産したことから、右連帯保証債務を履行するために右不動産を譲渡し、その譲渡収入で同年四月一五日に二億五〇〇〇万円を履行したが、右ワールドに対する求償不能により同額の損害を破った旨仮装するなどした上、同六〇年三月一三日、京都市右京区西院上花田町一〇番地の一所在所轄右京税務署において、同署長に対し、右賢二の昭和五九年分分離課税の長期譲渡所得金額は五五〇万円、総合課税の総所得金額は二二二万四七九五円で、これに対する所得税額は一〇九万〇三〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により右の正規の所得税額七八〇八万六八〇〇円との差額七六九九万六五〇〇円を免れさせたものである。

(証拠の標目)

一  被告人両名の当公判廷における各供述

一  第一回公判調書中の被告人両名の供述部分

一  被告人山崎の検察官に対する各供述調書(五通、検第三三ないし三七号)

一  被告人山内の検察官に対する各供述調書(四通、検四〇ないし四三号、ただし、検第四三号は被告人山内関係でのみ。)

一  証人長谷部純夫及び同大塚拓男の当公判廷における各供述(ただし、後者は被告人山崎関係でのみ。)

一  岩崎義男の大蔵事務官に対する質問てん末書(検第一一号)

一  長尾耕司(検第一二号)、森正美(二通、検第一三号、第一四号)、佐藤東一(検第一五号)、松好千秋(検第一六号)、大塚拓男(二通、検第一七号、第一八号)、林重男(検第一九号)、中村勝敏(検第二〇号)、椿野則之(検第二一号)、山崎しゆう(二通、検第二二号、第二三号)、山崎衣弘(検第二四号)、山崎賢二(二通、検第二五号、第二六号)、久門田直子(検第二七号)、長谷部純夫(検第二八号、謄本、ただし、被告人山崎に関しては添付書類に限る。)及び鈴木元動丸(検第二九号、謄本)の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(検第一号)、証明書(検第二号)及び各査察官調査書(七通、検第四ないし一〇号)

(補足説明等)

被告人山内(以下、「山内」という。)及び同人の弁護人は、山内は全日本同和会京都府・市連合会(以下、「同和会」という。)を通じて納税申告を行うと、同和特別措置法に基づく税務当局の行政配慮により税金が安くなると信じていたので、右方法で納税申告することが脱税に当るとは思わなかった旨主張して犯意並びに同和会関係者らとの共謀の事実を争い、また同和会事務局長長谷部純夫(以下、「長谷部」という。)から山内が受け取つた一六二〇万円についても、これは立替金の弁済等として受け取つたものである旨主張する。

一方、被告人山崎(以下[山崎]という。)及び同人の弁護人は、山崎は山内から適法に税金が半額になる旨聞かされ、その話を信じきって同人及びその背後の団体に納税申告を依頼したもので、それが脱税に当るなど毛頭考えなかった旨主張して、山内同様犯意並びに関係者との共謀を争うので以下簡単に当裁判所の判断を説明する。

前掲各証拠によれば、まず、以下の各事実を認めることができる。山内は長谷部から本件犯行前に同和会を通じて納税申告をすれば正規税額の半額程度で済み、その一部は同和会の運営資金となると聞かされ、そのような申告者の紹介を依頼されていたところ、偶々、山崎から八〇〇〇万円近い納税をしなければならない旨聞き、同人に対し同和会を通じて納税申告をすれば税金が安くなると持ちかけて同人の依頼を取り付け、これを長谷部に取り次いだこと、山崎は、従来納税申告を依頼していた顧問税理士事務所の事務員から納税申告に添付する資料を返してもらつた際、正規税額が七八〇〇万円余であることを教えられたこと、山内は、長谷部からの指示で山崎に現金で三九五〇万円用意するよう伝え、山崎は、これを用意して山内に預け、まず同和会事務所近くの喫茶店で山内に長谷部を紹介され、同人から同和会事務局長の肩書のある同人の名刺及び本件確定申告書控え等を受け取り、同人に対し本件納税申告について礼を述べ、続いて、山内に案内されて同和会事務所に赴き、山内が右現金全額を同和会事務員に渡し、山崎が同和会発行名義の三八四〇万円をカンパ金名下に受領した旨の領収書を同和会事務員から受け取ったこと、その日、その帰途、同和会に納めた現金のうちの一〇九万円余を、山内が山崎に代わって郵便局で本件税金として納付し受領印のある納付書控えを駐車中の車内で待つ山崎に渡したこと、長谷部は、同和会鈴木会長と相談の上、カンパ金名下で受領した右現金のうち、一六二〇万円を紙袋に入れて山内に渡したが、山内はこれを数えることもなく、同和会事務所のあるビルの前の路上で長谷部から受領したという不自然な受け渡しであったこと、山内は、その直後、自己の債務四〇〇万円の弁済をし、登録料を含めて四四〇万円にのぼる電話付き自動車一台を購入したこと、また、山崎は、本件納税申告について前期顧問税理士に何ら相談しないばかりか、かえって、かかる申告につきことさら秘匿する態度に出ていること、しかし、山崎は、反面、大塚拓男に対し、本件申告前、税金を安くしてくれるところがあるんや、同和やけど直接頼む人は労務士の人や、などと打ち明け、納税後、更に同人に確定申告書控えと、カンパ金の受領を見せて、税金が四〇〇〇万円で済んだ旨話していること。

これらの各事実に照らすと、山崎、山内とも、正規税額は七八〇〇万円余又は八〇〇〇万円近いにもかかわらず、納税額が一〇九万円余に過ぎなかったと知っていたと思われ、少くとも山内がこれを認識していたことは明白であり、山崎も三九五〇万円のうちの三八〇〇万円余は同和会に対するカンパ金であることを同和会にこれを納めた時点では認識したというべきてあり、よしんば、山崎がその用意した現金の全部が税金であると信じていたとしても、特段の事情もないのにそのように適法に大幅な減税が行われることなどおよそありえないことは、自ら事業を営む同人としては疑う余地もないことであって、山内から特例法などにより安くなるとの説明があつたにせよ、前示のとおり、その前後の山崎の態度等に照らしこれを信じていたとは到底考えられない。また、山内についても、山崎同様、事業を営む身であり、とりわけ山内は本件納税額が正規税額の二パーセント弱にしか過ぎないことを認識していたもので、かかる納税が適法にされるはずのないことは当然に知つていたものというべきである。加えるに、同人は、本件により、一六二〇万円もの分け前を受領しているのであるから、右納税申告が不適法であることを十分認識していたことは明白である。山内は、右一六二〇万円は、うち一五〇〇万円が老人ホーム建設用地購入代金の立替金の返済分、一二〇万円は同和会北条支部の活動資金である旨当公判廷において弁解しており、なるほど、山内名義で土地一、二購入している事実も伺われるが、右弁解を捜査段階では全くしていないばかりか、長谷部の供述ともそごしており、一六二〇万円の受け渡し状況に照らし、更に、右弁解自体も不自然であって、右一六二〇万円が山内の弁解するような性質の金員であったとは到底思われない。

以上のとおり、山崎、山内両名とも、それぞれ弁解するように、本件納税申告が同和会の保証債務を仮装して行うとまで明確に認識していなかったとして、何らかの不正な方法でこれを行うことを認識していたことは明らかであり、本件脱税の犯意としては、これをもって足りるというべきである。前示事実のうち、山崎、山内両名において、本件申告後に具体的に認識した点があったとしても、何ら意外なものとしてそれを受けとめず、その結果を肯認していることからしても、本件申告前に右認識のあったことを十分推認できるものである。山内が長谷部から聞いたという同和特別措置法に基づく行政配慮のことも、また、山内がそれに基づき山崎に適法であると説明したということは、そのような説明があったとしても、山崎、山内両名とも、前述したとおり、真実これを信じていたとは思われない。

なお、山崎は、本件逮捕前、検察官に対し本件を自白しており、また、山内も、昨六〇年六月一三日検察官の取調べにおいて、前回の取調べの際にはうそをついていたと述べ、以降、検察官に対して本件をおおむね自白しているものであって、これらはいずれも、山崎、山内両名の当公判廷における各供述及び山崎の本件逮捕後における検察官に対する供述などか不自然、不合理で信用できないのと対比すると、前示各事実にも沿っていて、具体的かつ自然であり、とりわけ山崎の右自白には同人の供述によって初めて明らかにできる事項も含まれており、これらはおおむね信用でき、これらの自白によっても、また、山崎、山内両名とも本件納税申告が不正な手段方法によることの認識があったことが、一層明らかとなるというべきである。

次に、本件共謀については、前掲各証拠によって認められる、山崎、山内、長谷部及び前記鈴木らの、とりわけ同和会における地位、同和会関係者との関係、本件犯行に至る経緯、及びカンパ金の分配状況等に照らすと、これを優に認めることができる。

(法令の適用)

被告人両名の判示各所為は、それぞれ刑法六〇条、所得税法二四四条一項(納税義務者から納税事務の処理を委任された者が脱税をなした場合、たとえ納税義務者が事業主でなくても、右受任者が「人の代理人」として右行為に及んだ以上、同条同項に該当することは明らかである。)二三八条一項に各該当するところいずれも所定刑中懲役及び罰金の併科刑を選択し、なお、情状によりいずれも同法二三八条二項を適用し、その所定刑期及び金額の範囲内で被告人山崎章を懲役八月及び罰金一五〇〇万円に、被告人山内健一を懲役八月及び罰金一〇〇〇万円に各処し、右の罰金を完納することができないときは、いずれも刑法一八条により金二万五〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置し、いずれも懲役刑については情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日からそれぞれ三年間その刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

本件は、被告人両名が全日本同和会京都府・市連合会幹部らと共謀の上、被告人山崎の父親がその所有地を譲渡したことに関し、同人に賦課される譲渡税をほ脱させようと企て、判示手段で七六九九万円余の税金を免れさせた事案であって、ほ脱金額が右のように巨額な上、ほ脱率も九八パーセントを超える高率であること、とりわけ、被告人山内においては、同山崎に対し本件犯行を積極的に働きかけ、本件により多大の利益をあげながらこれを返還しようとの気配もないこと等を考え合すと、被告人両名とも罪責重いものというべきで、ことに山内の罪責は非常に重大というべきところ、理由はともかく、この種申告を看過してきたともとられかねない税務当局の生ぬるいこれまでの対応が本件の一因となっていると考えられること、被告人両名ともにこれまでは善良な市民として生活してきたこと、更に、被告人山崎については、多額の重加算税を父親に代わり納付していること等、弁護人が指摘し、記録に表われた両名に有利な事情を十分参酌の上、主文のとおりそれぞれ量刑し、懲役刑についてはいずれもその執行を猶予することとした。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 萩原昌三郎 裁判官 氷室眞 裁判官 和田真)

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